兄が父の預金を使い込んでいました。使い込まれた預金も相続税の対象となりますか?
- 先日、父が亡くなりました。母はすでに他界しており、相続人は兄と私(妹)の2人です
父は、亡くなる5年前頃から、重度の認知症のため介護施設に入所しており、父の通帳等は兄が管理していました。
父の相続開始に伴い、父が遺した財産を兄に確認したところ、兄が述べた額は、生前に父から聞いていたよりもかなり少ないように感じました。
不自然に思い調べてみると、父の口座から総額約8000万円の使途不明の出金があることに気付きました。どうやら、兄が父のキャッシュカードを用いて無断で預金を引き出し、生活費や旅行代などとして自分や家族のために用いていたようです。
そこで、①兄に対して、使い込んだ預金を返すよう求めることはできるのでしょうか?
また、②返還請求ができるとしても、兄は引き出した預金の大部分をすでに費消しており、現在はほとんど財産を持っていないようで、全額の回収は難しいと思われます。そのような場合でも、使い込まれた預金について私に相続税が課されるのでしょうか?
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1. ①について
父の生前にお兄様による預金の使い込みがあった場合、お父様は生前、お兄様に対して、使い込まれた額に相当する不当利得返還請求権(民法703条)を持っていたことになります。
金銭債権は、相続の発生により当然に分割され、各相続人が法定相続分に従って承継するというのが判例(最高裁昭和29年4月8日判決)の考え方です。
したがって、お父様の死亡により、お父様のお兄様に対する8000万円の不当利得返還請求権は、遺産分割協議を待たずに法定相続分に従って分割されます。
今回の場合、8000万円の不当利得返還請求権は、お兄様と相談者様に2分の1ずつ(4000万円ずつ)分割承継され、相談者様はお兄様に対して4000万円の不当利得返還請求権を有することとなります。
相談者様は、不当利得返還請求権を行使し、お兄様に対して4000万円の返還を求めることができます。
ただし、実際に全額回収可能か否かは、訴訟提起した上、判決を得て、強制執行してみなければ不明というほかありません。2. ②について
(1) 8000万円の不当利得返還請求権が相続税の課税遺産総額に加算されるか
相続税は、原則として、死亡した人の財産を相続や遺贈などによって取得した場合に、その取得した財産にかかります。
この場合の財産とは、現金、預貯金、有価証券、宝石、土地、家屋などのほか貸付金、特許権、著作権など、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいいます(相続税法基本通達11の2-1参照)。
不当利得返還請求権も、金銭に見積もることができる経済的価値のある権利ですので、相続によって取得した財産として、相続税の課税対象となります。
したがって、8000万円が相続税の課税遺産総額に加算されることになります。(2) また、相続税評価基本通達205の「貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない。」とされています。
(3) 判例:東京地裁平成23年5月17日判決は、貸付金債権について、相続税評価基本通達205の「債権金額の全部又は一部が、相続開始時においてその回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときは、それらの金額は元本の価額に算入しない」という定めを挙げ、原告が債務者に対して提起した貸金返還請求訴訟が棄却されたという事情から、回収不能又は困難であるとして、貸付金を相続税額算定の基礎財産に含まないとしました。
一方、不当利得については、回収不能とは言えず、相続税の課税対象となるとしました。(4) 上記判例の控訴審である東京高裁平成23年11月30日判決は、相続人が有する不当利得返還請求権につき、「弁済する資力があるかないかという問題と相続税を課税される対象財産が存在するか否かとは全く別の問題」であるとして、債権額を相続税額算定の基礎とするとしましたが、一方で、同判例は「弁済能力がないことについての証拠がないから、これらの債権については、債権額を基礎とすることにする。」とも述べています。
(5) 私見
相続権を侵害された者が、侵害された分についても国から多額の課税を受けるという結論は、誰も納得できるものではありません。
本件の場合も、お兄様に対する不当利得返還請求訴訟が棄却されたり、判決を得て強制執行しても、功を奏さず、お兄様に弁済能力がないことを証明できれば、課税されない余地もあると考えます。以上