生前贈与と黙示の持ち戻し免除の意思表示

生前贈与と黙示のもち戻し免除の意思表示

先日、父が亡くなりました。相続人は、私と兄の二人です。父は遺言書を残してはいませんでした。父の遺産分割に当たって、兄と協議をしていたのですが、すこしばかり揉めています。
私は、家が建てる際に、父の土地を譲ってもらっています。そのため、兄は、この土地の代金相当額を遺産に加算して、遺産分割の中で清算したいと言っています。私が受けた土地の贈与は、特別受益のもち戻しと言って、遺産分割の際に、遺産に加算しなければならないと兄は主張しています。
 私も特別受益について調べてみたところ、父が、特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をしていれば、もち戻しをしなくてもよいというのがあるらしいです。
兄は、実家から遠く離れた東京で独立しましたが、私は、実家のある大阪で住むということで、実家の近くにある土地の贈与を受けました。当時、父は、私が、父の近くで住むことを大変喜んでくれました。当時の父の意思からして、私の贈与した土地のもち戻しを望んでいたとは思えません。父には、もち戻しの免除をする意思があったといえるのではありませんか?
残念ながら、本件の場合は、やはり、もち戻し免除の意思表示はなかったと思われますので、特別受益の持ち戻し免除が認められる可能性は低く、弟さんが贈与を受けた土地の相当額を持ち戻して、遺産分割協議を行うほかはなさそうです。

 特別受益が持ち戻される(民法903条1項)のは、共同相続人間の公平を図ることにあります。一方、被相続人の意思は、尊重される必要がありますので、被相続人がこれと異なる意思、すなわち持ち戻し免除の意思を表示したときには、遺留分の規定に反しない限り、その意思に従うことになります(民法903条3項)。

参考:民法第903条(特別受益者の相続分)

 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。

 

 もっとも、被相続人が特定の相続人に対し、特定の財産を与えるのは、当該相続人に特に利益を他の相続人よりも多く与える趣旨であることは少なくありません。そのため、審判例などでは、持ち戻し免除の意思について、それが必ずしも明示されているものでなくとも、被相続人の行動等から黙示のもち戻し免除の意思表示を認定するものも少なくありません。
例えば、東京高裁平成8年8月26日決定によると、『記録によると、被相続人Aがした相続人Bへの贈与は、Bの長年にわたる妻としての貢献に報い、その老後の生活の安定を図るためにしたものと認められる。そして、記録によると、Bには、他に老後の生活を支えるに足る資産も住居もないことが認められるから、右の贈与については、Aは、暗黙のうちに持ち戻し免除の意思表示をしたものと解するのが相当である。Cは、Bが抗告審で初めて持ち戻し免除の主張をしたことなどを理由に、右の意思表示の存在を争うが、右の贈与がなされた当時のA及びBの年齢や収入などを考慮に入れると、上記の贈与の目的が上記のようなものであることは否定できないのであり、そのような贈与について、遺産分割の際にこれを持ち戻したのでは、すでに老境にある妻の生活を維持することはできないのであるから、持ち戻しを免除する意思がなかったとする、Cの主張は採用することができない。』としています。
この裁判事案は、被相続人は夫、相続人は、後妻と、先妻との間の子の2名でした。いかにも紛争となりそうな事案ですが、夫は、自分の死後、他に財産を持たない後妻の老後の生活の安定のために、妻に贈与したものと思われます。そのため、黙示的な持ち戻し免除の意思が認定されたのでしょう。
裁判所は、被相続人が特定の相続人に対し、特定の財産を与えたという事実のみでは、なく、当該相続人の生活や財産状況や他の相続人との関係、他の相続人の財産状況等から総合的に判断して、黙示的なもち戻し免除の意思の有無を判断しています。
 相談者の弟さんの場合は、相続人が兄弟の2名で、被相続人である父が弟さんに対してのみ贈与した事案です。特に、弟さんに多く財産を与える意思をお父様が強く抱いていたという状況もうかがえませんので、お父様に弟さんへの贈与のもち戻し免除の意思を有していたと認定する事情は伺われないと思います。よって、持ち戻し免除が認められる可能性は低いと推察いたします。
 一方、弟さんが、身体障碍者であるとか、長年、お父さんと同居して、お父さんの生活の援助を行ってきたとか、特にお父さんが弟さんに対して、多くの財産を相続させたいと考えたであろう事情が存在すれば、黙示のもち戻し免除の意思表示が認められる可能性が高くなると思います。
 いかがでしょうか?

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