相続放棄の無効主張の可否



Q 20年前に父と母とは離婚したので、父とは疎遠となっていました。最近になって、父の姉であるおばさんから、父が交通事故で亡くなったと知らされました。父は、生前、おばさんに対して、『自分には多額の借金しかないから、子供らには相続放棄しろと伝えてくれ。』と述べていた、とおばさんから聞きました。通夜の時におばさんから、父の伝言を聞いたので、家庭裁判所に相続放棄の申述手続を行いました。

 ところが、借金は、父が住んでいた自宅の住宅ローン債務であり、父は保険に入っていたことを忘れていたようですが、父の死亡により保険金で全額支払われました。結局、負債はゼロとなりました。

 また、父は交通事故で死亡しており、多額の損害賠償請求債権があることが判明しました。

 おばさんは、私たちが相続放棄するとおばさんが相続人になるという法律知識もなかったので相続放棄もしなかったようです。おばさんは父の相続人になりましたが、父の遺産は子供である私が相続した方がいいと言ってくれています。

 そこで、一旦行った相続放棄をなかったことにすることはできますか?

A できます。この場合、息子さんが、お父さんの損害賠償請求権を相続したとして、加害者に対して、損害賠償請求訴訟を提起し、その中で、相続放棄が錯誤(民法95条)により無効であると主張立証することになります。

 おばさんが相続したお父さんのマンションは、おばさんの照会を得て、相続人として移転登記すれば足りるでしょう。

 相続放棄の無効については、取消の場合のような規定(民法919条2項)がないため、家庭裁判所に申述するという方式をとることはできません。(相続放棄の取り消しについては、相談事例Q&Aの『騙されて相続放棄してしまった場合の対応について』を参照してください。)

 したがって、相続放棄の無効主張については、遺産確認訴訟や不当利得返還請求訴訟の前提の問題として主張・立証することになります。

 相続放棄の無効の主張には、相続放棄が錯誤(民法95条)により無効であることを主張する場合が考えられます。錯誤とは、意思表示の重要な要素について、勘違いをして行った意思表示を言います。

 錯誤無効の要件は、要素の錯誤があると認められること、重過失がないことが必要です。

 要素の錯誤とは、そのような錯誤がなかったら、そのような意思表示をしなかったであろうといえるような重要な事実に関する勘違いがあることを言います。

  ご相談者は、お父さんとは疎遠であり、生前に付き合いのあるおばさんから、お父さんの伝言を聴けば、やはり相続放棄をしなければならないと考えるのが通常でしょう。本件の場合は、要素の錯誤があり、また、相続放棄をしたことについて重大な過失があるとまでは認められないと考えます。

 ご相談者の例でも、相続放棄の錯誤無効が認められる余地は十分にあると考えます。本件の類似の裁判例としては、高松高判平成2年3月29日、判例時報1359号73頁があります。

 また、この他で、相続放棄の錯誤無効を認めた例としては、会社の他の株主とその顧問税理士から、大株主であった被相続人には多額の借入がある旨、株券がなければ株主としての権利行使もできない旨の話を聞かされて、これを信じ、過大な債務のみを承継させられることを回避することを動機として、相続放棄の申述を行ったが、現実には、多額の借入など存在せず、株主としての権利行使に関しても、法律上誤った情報を信じて、申述に及んだのであるから、錯誤により申述をしたと認められるとして相続放棄の錯誤無効を認めた例があります(福岡高裁平成10年8月26日判決判例時報1698号83頁)。

 税理士が積極的に詐欺行為を行っている例であり、相続放棄の詐欺取り消しも認められるとは思います。詐欺は、動機の錯誤となりますので、詐欺による相続放棄も、動機の錯誤による無効主張も可能と考えられます。

 一方、裁判上、錯誤無効が認められなかった例としては、相続税を軽減したいという動機で相続放棄したが、他の相続人が単独相続することにより課税財産が増える結果、相続税も却って高額となった事例について、相続税を減税したいという意思は単なる動機であって、要素の錯誤とは認められないとした例があります(最高裁昭和30年9月30日)。

 また、被相続人の母親が相続財産を他の兄弟に相続させて被相続人の営業を承継させるために相続の放棄をし、相続した息子はこれにより自己が相続人になったものと信じて相続財産の所有名義を取得し営業を承継して長年月が経過しているなど事実関係のもとで、相続した息子と母親の関係が悪化したことから、母親は相続放棄を無効としたいと考えるに至り、被相続人の死亡当時、被相続人の祖母が生存していたことから、母親が相続放棄に要素の錯誤があったことを主張して、相続した息子から相続財産の取戻しを図ろうとすることは、権利の濫用に当たるとした例もあります(東京高裁昭和63年 4月25日判決 判例時報 1278号78頁)。

 相続放棄をするときは、くれぐれも慎重に行ってください。相談する弁護士は相続案件に明るい弁護士にしてください。

 最近相談に来られた方は、相続をほとんど扱ったことがないと思われる弁護士からの『取れないだろう。』という自信のないアドバイスを受けて相続放棄を行った例がありました。

 ところが、不動産登記簿謄本を見ると、被相続人の死亡以前に多額の抵当権が解除されており、被相続人の死亡当時にはプラス財産の方が多いことが見込まれ、また、その不動産の価値からすれば、数千万円の遺留分が認められる可能性があることがわかりました。

 自分で相談した弁護士のアドバイスを受けて相続放棄をした場合は、『取れないだろう。』という動機に基づく錯誤は、要素の錯誤とはならず、又は、重過失ありと認定される可能性が高くなり、錯誤無効の主張は難しくなります。非常に残念な事案でした。

 以上参考にしてください。

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